ホテルの「レストラン」という世界の特殊性
お断り:この記事は日本国内のホテルや旅館のレストランについて記述しています。
関西某ホテルに始まったメニューの偽装・誤表記が、その後、日本全国の有名ホテルに続々と広がっていきました。正直言って驚きました。企業社会では過剰とも思えるほどの人的、事務的コストをコンプライアンスにかけているご時世に、有名ホテルのメニューの偽装・誤表記問題が続発すること自体が異常だと思います。なぜこんな事態が続発しているんですか???
レストランだけが治外法権?モラルを越えた「徒弟制度」的な実態。
とある大手食品メーカーの経営者は「料理の現場」の特殊性に注目。
「レストランは職人の世界。親方弟子の徒弟制度のような慣習のなかで技能や専門性が引き継がれている。内なる常識と世の中の常識との間に大きなズレが生じた典型例ではないか」と単純なモラルを越えた問題が潜んでいると言います。
「例えば『秘伝のたれ』のような表示は料理屋さんでは通じても、我々食品メーカーではまったく通用しない。なぜなら原材料はすべて開示だから」
原材料の情報開示どころか、原材料を秘匿し続けるミステリアスなことこそ老舗の味だという感覚が確かに日本人にはあると思います。その閉鎖性にさらに輪をかけているのが「徒弟制度」的な実態です。
親方は絶対的存在であり、仕入れから調理まで、もちろんメニュー(お品書き)の細部にいたるまで、親方がすべてを仕切っています。ホテル全体のオペレーションは近代的、合理的に行われていても、レストランは治外法権という現実が残っています。ホテルの看板は立派でも、レストランの内実は親方個人のモラルがすべてを支配するという閉鎖的社会です。
ただし、そうはいってもひとたびメニューの偽装や誤表記が表沙汰になれば、ホテルのブランドイメージは地に落ちる。一度棄損したブランド価値を再生するのは簡単ではない。ましてとある高級ホテルのレストランでは冷凍ジュースが「フレッシュジュース」と称して客に提供されていたとなると、いくら誤表記を強弁したところで、信頼はすでに失墜してます。
その後、別の老舗旅館で子ども用メニューにステーキと称して成形肉が使われていた問題が発覚。成形肉はアレルギー物質を含んでいるためアレルギー反応のある客には提供しなかったというが、ここまでくると、もう誤表記の言い逃れも通用しないです。
当初は関西某ホテルにならって別の老舗旅館も「誤表記であって偽装ではない」としてきたが、あとになって社長が引責辞任することを明らかにしました。報道によれば社内調査で「料理長が誤表記を認識していたことがわかった」からということですが、それは調理現場が組織ぐるみで偽装したということ以外の何ものでもありません。
“車海老”と偽装しても「誤表示」 無法地帯に放置されたメニュー表示
過去にメニュー偽装をメディアで報じられたことのある大手ホテルの料理長と話す機会があったので一連の偽装をどう考えるか聞いてみました。
「複雑な気持ちですね。メニューに掲げている素材が天候や気象の影響で手に入らなくなってしまうという事態は実際に起こり得る。実際私たちが偽装と報じられた時も、そうだった。ごく自然に、別の素材で代替しようと考えてしまった。じつはメニュー表示の素材よりも単価の高い素材で代用したのだが、偽装と言われた。一番正しい選択はメニューを書き換えることだったと思う」
「予定していた食材が手に入らない事態はいつでも起こり得る話だ。正直にメニューを書き換えるという選択をすべきだったのだと思う。」最悪の事態は、必要な食材が手に入らず、安価な別の食材で代替しても、客の舌が違いを判別ができないことです。そんなところにメニュー偽装の入口があったのかもしれないです。
今度は老舗百貨店のレストランでも偽装が発覚しました。これまでのメニュー偽装とは一線を画す悪質ぶりです。
この場合は、調理現場の特殊性では片づけられません。テレビカメラの前で釈明会見をした老舗百貨店幹部は、メニュー作りからすべて老舗百貨店サイドも一緒に作業、車エビでは採算がとれないため当初からブラックタイガーを使用すると決めていたというのだ。偽装のつもりは一切なく「メニューを書き換えるのを忘れただけ」という説明でした。
老舗百貨店の謝罪会見翌日、今度は百貨店業界のトップまでもが偽装に連座していたことがわかった。記者会見で同社幹部は傘下のレストラン「14店舗でメニュー表示と異なる食材を使用した料理を客に提供していた」と発表した。なんと日本橋三越の「カフェウィーン」では、洋菓子に中国産の栗を使用しておきながら、実際は「欧州産」と表示していた。
さらにこの日、別の複数の大手百貨店でも偽装表示があったことを明らかにした。これで日本の主要百貨店すべてが偽装表示に関わっていたことになってしまいました。
何が問題なのかといえば、レストランのメニュー表示は無法地帯に放置されてきたことに尽きると思います。(まあレストランに限らないですが)
食の安全を担保する法律の最たるものはJAS法ですが、この法律の正式名称「Japanese Agricultural Standard(日本農林規格)」を見ればわかる通り、そもそも農林水産物の原産地等の表示に関する法律だったのです。それが1999年の改正で、一般消費者向けに販売される全ての飲食料品に対して、原産地や原材料の表示が義務付けられるようになったのです。
農産物や水産物などの生産者や食品加工メーカーにはすべてJAS法の縛りがあります。たとえばJAS法に基づく規定では、「フレッシュジュース」は、その場で果実を搾ったものに限定されています。
ところが調理を経たレストランや飲食店の料理はJAS法の対象外です。だからとある高級ホテルが冷凍ジュースを「フレッシュジュース」で提供してもJAS基準には引っかかりません。(!)
レストランの調理品を規制する法律は景品表示法ですが、同法では実際よりも著しくいい品物であると消費者を誤解させたかどうかが問われます。メニュー表示と食材が違っているという事実だけでは、景品表示法で裁かれることがまずないです。
まあひとことでいえばホテルや百貨店のレストランはきわめてゆる~い気分のなかで商売が許されてきたということです。「偽装ではなく誤表記」で事足りると考えるスイーツ(笑)のような甘さ。そのゆるさ、甘さはひとえに無法地帯の商売だったからに尽きると思います。
成長戦略の柱のひとつとして規制緩和が議論されているご時世に、規制強化を持ちだすのはなんとも時代錯誤の気分だが、消費者が圧倒的な信頼を寄せてきたホテルや百貨店のメニュー偽装多発はもはや看過できない。法的な規制強化は避けて通れないと思います。
もっとも法令で縛れば問題がすべて解決するというわけでもないとは思いますが。
とある大手食品メーカーの経営者は、業界の意識を決定的に変えたのはJAS法の改正ではなく、2000年に起きた「雪印集団食中毒事件だった」と語る。
「1万5000人近い方が食中毒を起こし、雪印乳業は事実上の解体になった。あの事件で世の中の常識が完全に変わったと認識している」
2000年6月から7月にかけて、近畿地方を中心に雪印乳業の「低脂肪乳」を飲んだ1万4700人が下痢やおう吐など、食中毒の症状に苦しめられた。戦後最大の食中毒事件である。その2年後には雪印グループ内で牛肉偽装事件が発覚。雪印乳業は事実上、解体された。その衝撃が原材料の表示に対する食品メーカーの意識を一変させたというのである。
ホテルや百貨店のメニュー偽装を各メディアには徹底的に掘り起こして頂きたいtころです。この調子でいくと百貨店が販売する高級おせち料理は、偽装食材で重箱がいっぱいになっているのではないかと思えてもきます。調理の現場は、お品書きに記した通りの食材を急きょ集めることになり、てんやわんや大騒ぎになっているのではないか。信用が根底から崩壊しています。
偽装も誤表記も、結果的に消費者を欺くことにおいては何の差もないです。食を提供することの社会的な責任の大きさを痛感してもらうためにも、メニュー偽装の全貌を明らかにしてほしいものです。法的措置よりも、政治の対応よりも、ホテル業界や百貨店業界が自らの責任の大きさと恐さを自覚することが必要かと考えます。
月に1度、いや週に1度、できれば毎日、ホテルや百貨店の管理職の方はテナントやレストランのメニューと食材との一致をチェックすべきと思います。消費者はホテルや百貨店のブランドを信用して高いコストを払っている。地に落ちた信用をどうやって取り戻すのか?徹底的な意識改革をやって頂きたいものです。